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ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
たかだかダイエットに35万円も使うバカ
健康食品に英会話にダイエット、、、、本当に世の中には情報弱者に付け込んだ商法がいろいろあるわけですが、ライ○ップとか言う、テレビCMで有名なフィットネス会社。 あれだけ広告を打っているのであれば、当然ながらそのコストは商品に乗っているわけで、かなりの高額フィットネスプログラムだろうなと想像できますな。

少し調べてみると、入会金など諸々合わせて、約35万円の2カ月コースが最低ラインのプログラム。

その内訳は、週2回の筋トレ個人レッスンと食事指導です。 ポイントは食事指導で、口に入れる物すべてをスマホで報告して、その都度指導を受けるというもの。 筆者も3キロ程度の減量なら2~3年に一度は経験しているので、体重を減らす最大の要因は摂取カロリー低下であることはよく知っております。 

つまり、ライザ○プの肝は、「高額なカネを払うかわりに、その元を取り返すことをモーチベーションとしてダイエットに励む」ことにあると言っても過言ではありません。

じゃあ、自分でキチンとコントロールしてダイエットできる人は、ライザ○プなんか必要ないじゃないか? と問われれば、

まったくその通り。


この減量プログラムに参加しなくても、自分でできますわな、、、

日本もシナ人官製デモに備えよ
スペイン第二の大手銀行、BBVA(ビルバオ銀行)がシナ人在留者の預金をマネーロンダリング防止法に従って凍結した事案が明るみに出るや、即座に4千人(現地報道)の在留シナ人が銀行前に集結して、突如の大規模デモになった件。

その対応の素早さ、動員力の大きさからして、バックには在スペイン中国大使館の指令があったことは間違いありませんな。

日本でも、2008年、北京オリンピックの聖火リレーが長野県で行われた際、大使館が動員して数千人の在日シナ人が集結、大きな五星紅旗で街路が埋め尽くされた記憶が蘇ります。

どういうことかというと、在日中国大使館が動員をかければ、「一夜にして」数千人が集結できるということ(中国の法律では、在外中国人はこういった大使館の指示に従う義務がある)。 

これ、何か日中間で問題が起きたときは、騒乱やテロを大使館の指令で即座に実行できるということですよ。 対策が必要です。
健康食品なんか必要ない
もう、BSなんかだと、CMの半分以上が健康食品じゃないかと思うくらいコレばっかり、、、、

この健康食品とやらが曲者で、とにかく高価。 常用するとなると、それこそ一品目で月1万円くらい飛んでいきそうな値段ですな。

しかも、思わせぶりな演出とシナリオで煽った上で、画面の隅に小さ~い文字で

「使用者の感想で、実際の効能と関係ありません」

などと但し書きがあったりします。 これが詐欺でなくて何なのかという話。

偉そうに書いている筆者も、過去に関節痛が酷くなった時、藁をもすがる思いでコンドロイチンやらグルコサミンやらヒアルロン酸やら何やらが配合された錠剤をサプリメントとして1年間飲んでいましたが、

まったく効果なし。

よくよく考えてみると、もしもある食品に特定の医学的効果が見られたら、その食品は医薬品として認定されるでしょうよということ。

こういう高齢者の弱みに付け込んだビジネス、何とかならないもんかねえ、、、
湯沢のスキー場がシナ人観光客で凄いらしい
春節の際は、中国台湾の観光客で99%埋め尽くされたとか、、、

10年ほど前にはバブル時代に乱立したリゾートマンションが一物件100万とか200万の捨て値で売りに出されていたこともありましたが、現在はどうなっているのでしょう? シナ人が買い取って、違法民泊の拠点にでもしてそうな気がしますが、、、

よく考えてみると、アジアで良質のスキー場というと、日本にしかありませんから、ここに集中するのも当然の話。 ちなみに、韓国では登山が中高年の結構メジャーな趣味なんですが、あの国には高くても1000メートル級の山しかありませんから、中級者以上になってくると日本の高山にチャレンジしたくなるようですな。 ということで、韓国人登山客も年々増えているらしい、、

こうなってくると、日本人がますます離れていってしまうでしょうな。
韓国が800もの有害アダルトサイトを遮断
11日から一斉に海外のアダルトサイトが見れなくなったということで、好事家たちがパニック状態に、、、、

といっても、遮断を迂回して閲覧する方法がたちまちネットで拡散されているらしく、多少の知識があれば従前通り見れるということで、胸を撫で下ろしているとか。

しかし、小中学生などの未熟な子供たちがアダルトサイトに簡単にアクセスできるような環境というのは、やはりよくないですから、日本でも何らかの対策を講ずるべきだと思います。 

Google画像検索で「お○んこ」で検索すると、ズラリと写真がヒットするのは壮観と言えば壮観なんですが、こんなのが子供たちの教育にいいわけはないよな、、、、、
いつ頃から「バンコック」ではなくて「バンコク」と呼ぶようになったのか
記憶を辿ると、昭和40年代までは「バンコック」が一般的な呼称だったような気がしますな。 ただ、当時でもタイ通ぶった表現でバンコクと記述する文献もありました。

タイの日本語新聞、「週刊バンコク」(現バンコク週報)の創刊が76年とのことですから、やはり、今の言い方が広まったのは昭和50年代以降かと思います。

そういえば、フィリピンも戦中の文献では「フィリッピン」と記述されておりましたが、こちらの方は戦後の文献だと「フィリピン」がほとんどのように思われます。 少なくとも昭和30年代では現在と同じでしたね。

時代背景を知らずして堺屋太一を語られてもなあ、、、
堺屋太一の逝去を受けて、様々な人々が彼について語っております。 そういうのを読んでいると、氏を語る際に欠けている視点がありがちなのに気がつきます。

彼が本格的な作家・評論活動を開始して世に知られ始めたのが80年頃。 当時は、同じ保守論壇の中でも、西部進、渡部昇一、西尾幹二あたりと比較すると、氏は親米保守などと呼ばれておりました。 そして、親米保守として最も名が知られていたのが竹村健一でしたな。

ただ、注意したいのは、この80年代というのはまだ冷戦時代の真っ只中。 まだ、米ソの対立軸が国際政治の基調だった時代。

韓国が日本の協力でやっと国産車第一号の量産(ヒュンダイポニー)に成功した頃で、中国が改革開放路線の緒に付いた頃、、、沿岸部に開放都市を設定してこれから産業を育成していこうかという頃、、、、

つまり、当時は中国も韓国も経済的には日本の眼中にはまったくないほど存在感は小さかった。 日本はむしろ、米国にチャレンジする唯一のアジア国家として、貿易摩擦が顕在化していた頃でした。 

堺屋氏の70~80年代に書かれた著作を読む際は、そういう背景も理解しておかないと腑に落ちないこともあろうかと思います。
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