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ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
世界ケンカ旅行(米国編)最終回
SFで十分に体を癒した後、私はシアトルまで北上して、いよいよアメリカ(一部カナダ)周遊の旅に出た。

さて、本来は訪問した各都市の旅行物語を書き記すべきであろう。
しかし残念ながら、北米では通常の旅行において、特筆すべき体験談はない(豊かな大自然の描写など、当ブログの読者には無用であろう)。

旅行での定番コースである旧所名跡訪問にしても、たかだか200年プラスの浅い歴史しかない新興国では推して知るべしというものである。
北米の名所旧跡の特徴はというと、比較的短い歴史である反面、歴史を掘り下げる深さは相当なもので、その詳細さにはそれ自体に驚かされる。 
例えば「第○代財務長官の生家」とか、「南北戦争の○○の戦跡」という具合に、かなりの歴史通しか知らないような、しかも(日本人の目から見て)特段の実績のないような人物まで「歴史上の人物」として観光名所の客寄せにしなければならないのである。
そんな取って付けたような観光スポットに遭遇すると万世一系・2千6百余年の皇統を戴く日本人としては、妙に空しい気分に包まれる。

もうひとつ、再三繰り返すが、この国は自動車で移動することを前提にほとんどの社会インフラが作られており、公共交通機関では訪問できない名所が多すぎるのも難点であろう。
私のように長距離バス移動に頼ると、どうしても都市のダウンタウン近辺周辺しか観光できないから、観光という意味ではかなりの消化不良であった。 
比較的交通網が発達している東部以外のアメリカ旅行の醍醐味は、中古車でも現地で購入して田舎のモーテルを渡り歩くことでしか味わえないだろう。


当初は半年程度の滞在を予定していたが、結局は3ヶ月でアメリカ横断の旅は終わった。

今回の旅では拳銃射撃などの目的を果たしたが、どうにもアメリカ社会が私の肌には合わないことを悟ったことが旅行期間を短縮させる要因であった。

やはり、生身のアメリカは米軍基地の中とは違う。 
特に、私は都市部のダウンタウンを歩くことが多かったから、アメリカの治安の悪さと常に対峙せざるを得なかった。常にホールドアップを意識していたから、拳銃を携帯しない代わりに、防犯用の催涙スプレーを銃砲店で購入して、いつもホテルでイメージトレーニングをしていた自分の滑稽な姿を思い出す。

ちなみに、私の知り合ったアメリカ人のほとんどは、(大半の州では違法であるにも関わらず)車に拳銃を忍ばせていたし、女性の場合なら間違いなく、ハンドバッグに最低でもスタンガンか催涙スプレーを隠し持っているはずである。と言っても、私の交友関係に特定の偏りがあったことは否定しないが、、、

(未完)

第4部 アジア周遊・地獄のインド編に続く(再開時期未定)
世界ケンカ旅行(米国編)45
訓練期間の2週間は嵐のように過ぎ去り、最終日を無事終えた。

思い返してみると、ただ、「歩いて走って撃った」という記憶しか残っていなかった。
肉体的にはボロボロで、とにかく終わって良かったと心から思えた。
同時に、「何でカネまで払ってこんな苦労しなけりゃならなかったのか?」との自責の念も若干あった。

射撃に関しては多分1人当たり500発以上の弾薬を消費しているはずである。
寝る時も走るときも脇に必ずあったM16(AR15)ライフルが体の一部になった感覚になっていた。

訓練がすべて終了した夜は、ディックも参加しての打ち上げパーティーとなった。
辛苦をともにした「戦友」同士の結束は高く、屋外バーベキューパーティーは深夜まで盛り上がった。


翌日、ディックにSFのダウンタウンにあるユースまで送ってもらった。

「どうだ?今晩、俺の家まで遊びに来ないか?」
ディックは私を誘った。

やはり日本人が珍しかったのだろう。
どんな家に住んでいるのか興味はあったが、テント以外の寝床でぐっすりと眠りたかったというのが率直な気持ちであった。

「少し休んでから、市内観光をするつもりですよ。まだこの街を歩いてないんでね」

「そうかい、じゃあ元気でな」

「さようなら」
私は言った。
世界ケンカ旅行(米国編)44
翌日、徒手格闘の訓練は予定通り行われた。
といっても、半日の練習で技術が身につくはずもなく、毛色の変わったエキジビジョンの域を超えることはなさそうである。

手本を見せるボブと私の周りを残り全員が取り囲むように座った。

興味津々とした視線を感じる。
こういう視線を浴びると、必要以上に上手く「演じよう」と発奮してしまうものである。
プロレスラーもリングの上ではこんな気分であろうか。

ボブが少し説明をしたあと、私に軽い目配せをして、開始の合図をした。

私が彼に殴りかかろうとする瞬間、ボブは私の右腕の関節を取り、投げを打つ。
柔道でいうと「払い腰」の動きに近い。

私は全面的に力を抜いているので、ボブの投げは風車が回るように見事に決まった。
最終的にはボブが私に馬乗りになったところで拘束するまでのパターンを数通り展示。

やっている当人としては、「見た目はカッコいいが実戦的ではないな」というのが率直な感想であった。

私自身、かつてイタリアの寝台列車内で泥棒一味と遭遇したことがあったが、突然、敵と遭遇したような場合、人間というものは、空手の「組手」や柔道の「乱取り」のように、ある程度の時間的空間的「間合い」を保持して戦う余裕はない。

端的にいうと、イノシシのように頭や肩口から何も考えずに全体重を負荷して「突進」するのが最も速く効果的な攻撃パターンである。

つまり、相撲の「ブチかまし」、レスリングやラグビーの「タックル」のような攻撃が実戦では最も起こりうる徒手格闘の端緒であり、双方が対峙して、お互いの間合いを探るがごとき騎士道・武士道的な動きは突発的な遭遇戦では起こらないのである。

ちなみに「頭突き」や「噛み付き」「目潰し」が実戦では有効であり、証左として、これらがすべての競技格闘技において「反則」となっていることを指摘しておく。
巷に氾濫する「護身術」の類で、そのすべてが「噛み付き」や「目潰し」を基本パターンに組み入れていない現状を再考してみる必要があろう。
世界ケンカ旅行(米国編)43
訓練期間も最終日が近づいた頃、夕食後の僅かな憩いの時であった。

ボブが私を呼び止めて、10分後に出頭するようにとの指示を受けた。

果たして、私がボブの居所でもあった大天幕を訪れると、ボブとニックが明日の訓練の打ち合わせの途中のようであった。

ちなみに、総責任者であるニックが訓練の現場を訪れることはほとんどない。
彼とは食事の時間に同席するぐらいで、あとの時間は訓練地の管理や後方の調整などを担当、現場で肉体を酷使する仕事はすべてボブが担当していた。

そのニックが私に聞いた。
「君はアンケートで空手や柔道の経験があると答えているが、腕前はどの程度かね?」

私は返答に窮した。

確かに事前のアンケート調査で、私は経験徒手格闘技として、空手、柔道、少林寺拳法、日本拳法、相撲の5種類を挙げていたが、単に私が「格闘技オタク」で、興味本位で手を出していただけだったからだ。

就職活動で提出する履歴書の特技欄に書くようなつもりで羅列したのはいいが、最も経験のある空手でも約1年間だけ稽古に励んだだけで、とても黒帯には届かなかった。
昇級審査で練習した「型」でさえとっくに忘れていたくらいである。
相撲に至っては、自衛隊の体育訓練の一環で経験した程度に過ぎなかった。

「どれも初級程度です」
結局、私は正直に答えた。
ここで見栄を張って実力以上に背伸びしても、強い人間と手を交えればすぐにメッキは剥がれる。

「それで十分だ。明日の午後に徒手格闘の時間を設けるが手伝ってくれないか?」
ニックはニヤリと笑った。

私の脳裏に不安がよぎった。

線の細いニックが相手ならまだしも、おそらくボブが教官だから、体のいい実験台にされそうである。

その後、ボブと打ち合わせをしたが、予想通り、私は「やられ役」。
ブン投げられたり捻じ伏せられたりで、体の節々が痛い散々な夜となったのである。
世界ケンカ旅行(米国編)42
隊列が数キロほど進んだ頃、教官のボブから私に5センチ四方ほどの紙切れ一片が手渡された。

そこには
「アルファ中隊本部より、○○○○時、地図上の×××××地点方面で敵リコン(偵察)チームの無線電波放射を探知。直ちに現場に急行して敵を捕捉殲滅せよ」
と書かれていた。

分隊に「状況」が与えられたのである。
ここでは与えられた指示に従って分隊を動かさなければならない。

私は分隊を止めて警戒員を1人立てて、残り全員を集めて状況を説明することにした。

「テリー!ここは戦闘地域だ。警戒員は2人立てろ!全周囲を警戒できるようにするんだ」
すかさずボブの「指導」が入る。

私は地図を広げて敵の位置を確認した。

そして
「我が分隊は、これより3キロ北西の地点で偵察中と思われる敵1個チームを補足殲滅する」
と前置きし、警戒をさらに厳としながら接敵する旨の命令を下達した。

私は分隊を一列隊形から、楔型の斥候隊形に変えて目標地点に向かった。


しばらくして、ボブが新しい「状況」の書かれた紙切れを左翼末端にいた分隊員に渡した。

その隊員は
「前方10時方向、距離300に人影発見!」
と叫んだ。

「そんな声を張り上げたら、敵に聞こえるだろうが!」
即座にボブの指導が入る。


分隊訓練はそんな要領で延々と続いたが、これは意外と面白く、適度な緊張感を持続させつつゲーム感覚で連日行われた。
世界ケンカ旅行(米国編)41
もちろん、パトロールであるから、後続者も歩いているだけではない。

隊列はAチームとBチームが交互に順番を変えながら進み、分隊長は常に列の中心を定位置とする。
分隊長の直前と直後にそれぞれのチームリーダーが歩き、分隊長の命令を即座に実施できるような配置を取る。

先頭は正面全般を警戒し、2番目以後は交互に左右を分けて重点監視方向を決めて警戒する。
各人はライフルの銃口を真下に向けて、万一の暴発があった場合に弾丸が地面に当たるように安全策を講じつつ、スリング(負い紐)を右肩にかけてグリップを握りライフル全体を保持しつつ歩く。

M16は非常に軽く出来ており、行軍時には負担がかからない楽な銃であった。
分隊員全員の表情は真剣そのもので、それもそのはず、全員が実弾を200発あまり携行していたからである。
もちろん、事故防止のために銃の薬室内に装填こそされてはいなかったが、いざ戦うとなれば、個人の技量はともかく、火力だけならそこらの警察に引けを取らない武装集団であった。
こんなことが「趣味」でできる国は世界広しといえどもアメリカだけであろう。

教官のボブはライフルこそ持っていなかったが、腰にはベレッタM92拳銃を常時、吊り下げていた。
最初は理由がよくわからなかったが、訓練が本格化するに従い、彼が拳銃を持っている訳が理解できた。
訓練参加者が銃口を向けてきた事態に備えているのである。
精神異常者が参加しているかも知れないし、教官のシゴキに反抗して突然キレる者もいるかも知れない。

確かに、ボブの腰の拳銃は無言の威圧感があり、とても反抗しようなどという気はしない。
世界ケンカ旅行(米国編)40
午後はパトロール訓練であった。

全員が一列に並んでひたすら歩く。

単に歩かされるだけではなく、10名は1個分隊としての部隊行動を取る。

部隊指揮官として、1名がスコードリーダー(分隊長)として任命され、その下に1チーム4~5名から成る2個チームが編成される。
すなわち、最小の行動単位であるアルファ(A)チームとブラボー(B)チームであり、それぞれのチームの指揮をチームリーダーが執るのである。

分隊長とチームリーダーは、1日毎に交代し、最終的には全員が指揮官を数回は経験することになる。

私は「初代」分隊長に選ばれたが、唯一の東洋人としては気が引けたものの、他の参加者の顔ぶれを見ると、仕方のないところであろう。

想定は「戦闘行動中」である。 
隊員前後の間隔は10メートル以上離して手榴弾や機銃掃射で全滅するようなことがないように保たれた。 
結果として10名の分隊は100メートルを超える長さに展開して行進した。

昔やっていた戦争ドラマ「コンバット」ではお馴染みのシーンだが、映画とかでこのパトロール隊形をリアルに再現すると、登場人物全員がカメラのフレームに収まらないことがわかる。
こうやって実際に戦闘隊形で歩くと、先頭を歩く者(ポイントマンと呼ばれる)が最も危険なポジションで、もしも敵と遭遇したりアンブッシュ~待ち伏せ攻撃~を受ければ、真っ先に撃たれてしまうことがよくわかる。

このため、最も危険で緊張を強いられるポイントマンは適時交代するが、こういった指導は、随伴しているボブが口頭で行うのである。

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