FC2ブログ
ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
(訃報) ハーリー・レイス死去
去る8月1日、元NWA王者のハーリーレイスが76歳で逝去しました。

彼が来日すると、シリーズの前半で馬場がタイトルを奪って、後半でレイスが取り戻すという、なんとも分かりやすい筋書きでしたな。 

私としては、彼のケレン味たっぷりのアメリカンプロレスがどうにも好きになれず、やはりというか、人気はいまひとつでした。

当時の全日外人レスラーって、レイスにしろ、ファンクスにしろ、ただ身体が大きいだけでブヨブヨの腹をした中年のオッサンにしか見えなくて、今のレスラーのイメージとは随分と違いましたな、、、、
(訃報) 竹村健一 死去
テレビでの露出が極端に増えたのは、80年頃からでしたな。 当時は筆者もかなり影響を受けました。

活躍していた頃のビデオがありましたのでリンクを貼っておきます。 
 

小池百合子若いねえ、、、、あと、氏の英語力って、昔は凄いと思っていましたが、こうやってあらためて聞いてみると、今のオレと同等くらいか、、、、、
(訃報) 高島忠夫 死去
享年88。 糖尿病だ、うつ病だとかなんとかありましたが、結構な大往生でしたな。 

筆者は俳優業としてというより、テレビ司会者、特に「ゴールデン洋画劇場」の解説者としての印象が最も強いです。 役者としては、東宝怪獣映画でしか知りませんが、「海底軍艦」、「キングコング対ゴジラ」での藤木悠とのコンビを思い出しますな。 昭和30年前後の新東宝の映画を観ていると天地茂と共演していたりして彼らの若さに驚きます。

長男をお手伝いさんに殺されたという悲劇もありましたが、家族に囲まれた幸せな生涯だったように見えますね。
(訃報) ミラーマン 石田信之氏 逝去
その昔、特撮ヒーロー番組に出演していた役者さんてのは、出演当時は世間一般的にはあまり評価されなくても、当時、テレビにかじり付いていた子供たちが成長して大人になり、昔を懐かしむ世代になると、いつの間にやら古い特撮作品が代表作みたいになって再評価される、、、、こんなことが往々にしてありますな。

ひし美ゆり子なんていう女優さんは、若い頃からメジャーな映画やテレビの脇役で活躍していて、当時の感覚なら、「アンヌ隊員」役なんて、世間からはすぐに忘れられるような仕事、、、、、、だったと思います。

ところが、今となってみれば、「ウルトラセブン」は彼女の代表作。 今でもファンミーティングやイベントで食っていける、、、、そんな状況になってます。 フジアキコ隊員の桜井浩子と並んで、元祖特撮アイドルの双璧を為す存在。

前置きが長くなりましたが、石田信之氏も、筆者の世代から見ると、誰が何と言おうと、ミラーマンの鏡京太郎。

あるいは、「どっこい大作」 清潔社編で登場する風野三郎役。 

大腸ガンで闘病していたらしいですが、享年68とは、、、、、早すぎますなあ、、、
「熊殺し」ウイリー・ウイリアムス死す(訃報)
享年67とのこと。 若いですな。

何と言っても、1980年に行われたアントニオ猪木との異種格闘技戦が一番記憶に残っております。

当時は、梶原一騎原作の「空手バカ一代」をきっかけとして極真会館が一躍、実戦ケンカ空手を代表する流派として日本全国に知られるようになった頃。 他方、異種格闘技路線で独自の進路に活路を見出していた新日本プロレスは、猪木曰く「プロレスこそ最強、誰の挑戦でも受ける、、、」と喧伝され、巷の少年のあいだでは、「プロレスと空手、どちらが強いか?」で大論争を巻き起こしておりました。

少年マガジン誌上では、「空手バカ一代」終了後、同じ梶原一騎の原作による「四角いジャングル」という格闘技漫画の連載が開始されます。 最初は打撃系格闘漫画として始まったものの、途中から現実世界と同時進行しながらのセミ・ドキュメント的作風となり、「猪木vsウイリー戦」までの道のりを漫画という形式で我々が知ることとなりました。 もちろん、作者のフィクションが大胆に織り交ぜられていたわけですが、当時の、筆者を含むナイーブな少年たちは、ほぼ額面通り信じていたと思います。

空手かプロレスか?


当時は高校生、私のクラスメートに熱狂的なプロレスファンがいて、空手贔屓だった私と顔を合わすと、いつも論戦が始まりました。

猪木ウイリー戦が近づいてくると、「じゃあ、俺らでいっちょう、前哨戦をやってみるか?」と、昼休みに柔道場に行って、結構、ガチンコで戦ったんですよ、、、私がウイリー役で、相手が猪木役。 ところが、運悪く、誰かに見られて、ケンカをやっていると思われたのか、先生を呼ばれて止められました、、、、 今思うと、バカみたいなことをやってましたな、、、

いや、場末の格闘技ファンだった我々でさえ熱狂したわけですから、極真会館の門下生なんかはヒートアップしていたはず。 まさに、試合の結果如何によっては、極真会館の門下生が激減するか、プロレス興行の集客に影響するかという両団体の運営に直接的に関わってくる大一番だったのです。

ということで、ガチンコ勝負というのは、諸事情からあり得なかったわけですが、当時の純粋な少年たちはそういう大人の事情は想像もできなかったわけ。

現在では、あの試合、やはり両者引き分けという筋書きがあったというのが定説です。 もちろん、細かいシナリオで諸説あるんですが、、、、、まあ、今となっては、試合のビデオを見れば、ガチンコの真剣勝負ではないことは双方の動きを観察していて看破できます。

ただ、それにしても、力道山vs木村政彦 のように、ぶっつけ本番でどちらかが、筋書きを破って一方的に攻めて勝つというハプニングも可能性としてはあったわけで、そういう互いの緊張感というのが、当時のビデオを見ていても、こちらに伝わってきますな。





え、台北旅社の住人だった岡本先生が自殺?
ふくちゃんブログによると、昨年、飛び降り自殺したんだとか、、、確認する方法がないので事実関係はよくわかりませんが、、、

筆者も彼とは何回かジュライ前の屋台で同席したことがありました。 周辺の日本人旅行者が、「岡本先生」と呼んでいたので、最初は、てっきり、作家か研究家、、、、だと思ってました。 しばらくすると、単なる変人だとわかり、多少、小馬鹿にされて「先生」と呼ばれていたのだと知ります。 

岡本先生は当初、ジュライホテルに住んでいましたが、閉鎖後は台北旅社に移動。 ジュライ組が各地に散った中、かたくなに台北に執着し続け、プノンペンが凄かった頃でも、決して動こうとはしませんでした。 

それから、時は経過して、、、、、、

いつの間にか、クーロン黒沢に発掘されていたのです。 

DVDビデオに出演したり、クーロン主催のイベントに出演したりと、それなりに「知る人ぞ知る」人物ではありました。 

晩年は、統合失調症が悪化して、いわゆる「手帳もち」。 市中で暴れて「措置入院」を命じられたことも数回。

不幸中の幸いは、無差別殺人などの不条理な犯罪の当事者とはならず、自裁死によって今生との別れを決したことかも知れません。
(訃報) あなたは木村進という喜劇役者を知っているか?
関西と関東、もっと広げて西日本と東日本では吉本新喜劇に対する認知度は天と地ほどの違いがありますな。

先日、木村進さんが亡くなったとの報。 享年68。

おそらく、東日本に生まれ育った人々には木村進なんて、見たことも聞いたこともない無名の喜劇俳優だと思います。 しかし、筆者が子供の頃は、土曜日の午後、学校が半ドンで終わると急いで帰宅してテレビで観ていたのが吉本新喜劇。

そして、当時、間寛平と人気を2分していた吉本の看板俳優が木村進でしたな。 新喜劇以外にも、「あっちこっち丁稚」なんていうのも毎週楽しみにしておりました。
copyright © 2005 ぼやき大爆発 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.
★付属掲示板へはココをクリック★