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ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
尊師の履歴書10
(韓国)

1977年7月の吉日、下関から関釜フェリーで韓国の釜山に向けて出発。

当時の韓国の観光ビザの滞在期間の限度は2週間(10日間であったかも) であったが、それをすべて使い切ったのであった。  その間に、慶州市・ソウル・東海市で7人くらいの娼婦と肌を合わせたのであった。 
最安値の宿泊施設のヨインスク(民宿)やヨーグワン(安宿)であったが、宿のお上さんに娼婦を紹介されるなり、宿が娼家を兼業していたので女にあり付けたのであった。 全てがオールナイトで、チップを含めて3千円。

さて、肝心のお味の方である。

韓国ではまだ封建性が根強く残っていて、女性は男性に対して献身的であった。  夏であったが、板張りの床にシングルの煎餅布団。 慶州市の民宿では蚊帳が釣ってあったので情緒深さは格別であった。

前回の旅行でのセックスは全てベッドであったが、韓国の慶州でのそれは板張りに布団を敷くという日本ではオーソドックスなセックスは初めて・・・・・・加えて蚊帳が釣ってあるので、こっちはそれだけで催してくる。
慶州以外では蚊帳が釣られていなかったが、同じような状態・・・・・・夏のことで掛布団はなく、薄明りの中で男女が素っ裸に抱き合っての前技・・・・・・でも、女によるこれといった特別なサービスはなく、ただ抱き合ってキスをしているだけで情緒深いものを感じさせたが、前技で全員に対してギン起ち。

実は、私は海外で千人斬りを果たしたのだが、一つの国で10人以上遊んだ場合で、外れが無かったどころか、全てが大当たりであったのはフィリピンと韓国だけであったので、私としては特記すべき内容であった。
そういう事は極めて珍しかったからで、特に、韓国人娘には「情緒」を感じたので素晴らしかったのだ。
その印象は私だけでなく、韓国で韓国娘を抱いた者にとって共通であろう。  故に、その当時の日本人の多くが韓国での「妓生パーティー」に現を抜かしていたのだ。

それが、1980年代初期で、私がニューヨークに滞在していたときに「コーリャン・ハウス」と呼ばれたマッサージ・パーラーがアメリカ人の間でも、ニューヨークに在住の日本人の間でも好評を得ていた・・・・・・・もちろん、内容はそのものズバリ・・・・・・娼家と同じであったが、ニューヨークでは、安い娼家は、10ダラー・ハウスと呼ばれて、10ドル(2500円前後=ニューヨークで働いている日本人の感覚は1000円)で遊べた・・・・・・対して「コーリャン・ハウス」は70ドルと高額であったが、見る見る件数が増えていったのだ。

それほど韓国娘は素晴らしいということである。
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