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ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
尊師の履歴書13
(ネパール)

ラングーンからカルカッタ経由でカトマンドゥに向かう機中のガラスの窓越しから遥か遠くであったが小さなエヴェレストを遠望できた。

まさか、それで私が満足することはなかった。

カトマンドゥに着くと、直ぐに日本人旅行者の溜り場『ストゥン・ハウス・ロッジ』 に向かい、そこに投宿。 
ほぼ満員で、日本人ばかりの男女が泊まっていたのだが、50人くらいか。  私はカトマンドゥに着くと直ぐにエヴェレスト・コース(ソウル・クーンブ・コース) のトレッキングに向かう用意をし、4日目に1人で向かった。

因みに、泊まっている連中で、誰一人としてソウル・クーンブ・コースのトレッキングをした者も、予定している者もいなかった。 時期はベストであったが、通常の時期としては早かったからかもしれない・・・・・・・ただ、私の感じとして、その当時では、日本人がそのコースを行く人が少なかったからであろうと思えた。 というのも、先に記せば往復で23日間の行程であったが、その際に日本人女性に一人だけあったからである。

私の旅行の基本は陸路なので、カトマンドゥからエヴェレストのトレッキングの基地で飛行場があるルクラまでの空路は全く使わなかった。 当時のトレッキングの出発点は、今現在の「ジリ」でなく、その70キロほど手前のラムサング。 カトマンドゥからラムサングまでバスで行き「山道」 に等しいエヴェレスト街道を一人で歩きはじめたのであった。

トレッキングとしては、エヴェレストが最も間近に見えるので、最高のポイントの一つカラパタール(5545m)。 それは丘で、その下にはゴラクシェプ(5150m)がある。 そこに辿りついたのは13日目か。 
高山病が出たので、その翌日の14日目、もしくは、15日目の・・・・・・午後3時過ぎに、一人でカラパタールに向かったのだが、予定どおり夕方前に辿りつくと、周りは誰もいなくて、私一人だけ。

そこからエヴェレスト(8848m)は10キロほど離れている・・・・・・エヴェレストを遠望できても、その前方に雪を頂いている山が立ちはだかって、前方を遮っているので、肝心のエヴェレストは小さく見えてしまう・・・・・・山肌は黒かったが、しばらくすると夕陽が当たりはじめ、時が経過するにしたがってエヴェレストは金色に輝きはじめる・・・・・・丘にある石に腰をかけてその様子を一人で、周りが暗くなるまで眺め、カメラで撮り、この旅行の一つのハイライト迎える。 翌朝、二人の白人に「ベースキャンプに行かないか?」と誘われたので、同行させてもらったのであった。

帰り道も、歩いてラムサングまで戻ったのだが、往復で23日間の行程であったが、普通なら1カ月の行程なので、歩くのが速い方であったろう。 この後にジョムソン・コースで「ポカラからムクティナート」までの往復を、9日間トレッキングしたのであったが、これもは相当に速い方であった。

因みに、この時は1977年11月で、ヒマラヤのトレッキングはベストシーズンであったが、カラカパタール(丘)やそこへの上り口のゴラクシェップを訪れる人は日に15人止まりというわずかな人であった。 
それは、多くの世界的に有名な遺跡などの観光地もおなじであった。 例えば、ヨルダンのペトラ・・・・・・エジプトのルクソールの王家の谷は「ツタンカーメンの墓が発見された」ということで有名だが、そこも、カルナック神殿も、観光客は私だけ。 1981年に訪れた、南米のアルゼンチンのカラファテ氷河でも、私と観光バスでの1グループが来ているだけ。 
その為に、それらには入場口がないので料金は無料。 

故に、手付かずの遺跡が見られたのである。
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