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ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
尊師の履歴書14
(バングラデッシュ 1)

ネパールのお釈迦さんの生誕地「ルンビニー」 を訪れた後に、「スノウリ」 に入って隣国インドに入国できたのは1977年12月初句。

当時のバックパッカーは「インドを3カ月旅行できた者は、世界のどこでも旅行できる」 と交わされていた。 別にインドの旅行が厳しいからではない・・・・・・それどころか、物価が安くて、治安が良く、英語が通じ、外国人用の旅行のインフラが整っているので旅慣れた人にとっては、また、女性にとっては「安全」 ということで、最も旅行し易い国の一つである。

バックパッカーに「インドを3カ月間旅行できた者は、世界のどこでも旅行できる」 と言われ由縁は「現地人とのやり取り」 「旅行の方法」 の基本を覚えるからであるが・・・・・・そういうことよりも、「インドはお釈迦様」 の国なので、その教である・・・・・・「執着しないので、何事も上手くかわせて、やりすごせ・・・・・・全ての物事に対して、美味しくいただけるので有難味を感じて、自然に手を合してしまう」 とまではいかなくても、その方法が自然に身に付いてゆく。
それが身に付けば、殆どの国を旅できるであろう。

また、インドでそれが出来ないと・・・・・・糞暑くて、不衛生で、連日の安飯屋のカレーはまずく・・・・・・街を歩いていると現地人、それも乞食は外国人旅行者にしつこくまとわりついて話しかけ、物乞いをしてくるので、インドを3カ月以上も旅行をできないであろう。

好奇心が強い人は、インドの旅はそれを満たしてくれるので面白い国となる。 対して、バックパッカーがインド旅行で「快適さ、現地人からのおもてなし」 を望む人は「最悪の旅」 となるであろう。 
アフリカの陸路での横断・縦断の旅行は過酷を究めるが「諦めさせてくれる」 「己なるものを少しは分らせてくれる」 つまり「悟らせてくれる」 となって「物事の考え方・見方が一変してしまう」 ということで「最高の旅」 となる。

別に「インドを3カ月間旅行できた者・・・・・・云々」 を気にしていなかったが、アフガニスタンの「11月初句~5月初句までの山岳地区は積雪のために移動が厳しい」 という気候の都合で、インド以西の中近東に陸路で向かう予定は1978年の5月と決めていた。そして、計画通りに向かったのでインド圏には5カ月間滞在していたことになる。

ネパールからインドに入国した地点はスノウリであったが、その後に北部のブッダガヤやサルナートにある仏跡やヒンドゥー教の聖地ベナレスを巡って後に、カルカッタ(現コルタカ)を経由して、隣国バングラデシュを訪れたのであったが、ノービザで10日間の滞在が得られたのだが、それを使い切ったのであった。

バングラデシュの国教はイスラム教で、人種はベンガル人。 
人口は日本とほぼ同じで、当時は1億1千万人ほどで、シンガポールなどの都市国家をのぞけば世界でもっとも人口密度が高い国。 1971年にパキスタンから分離独立してから7年経過していた。 けれど、独立する際の内戦で国が疲弊してしまって、それがまだ復旧していなくて、世界で最も貧しい国の一つとされていた。

そのためか、インドでは多くの外国人旅行者を見かけたのだが、バングラデシュで10日間の滞在中に全く見かけなかった。
確かに、内戦の終結後の復興期で、悲惨な面もあったが、そのような光景は首都ダッカなどの都市の一部で物乞いしている乞食の群れくらいのものであった。

バングラデシュの国土は、ガンジス川とプラマトラ川が形成した世界最大のデルタ地帯の大半を占め、広さは日本の38パーセントしか過ぎないのに、日本と同じ人口を擁している。
その意味は、洪水に見舞われはするが、南国なので太陽と水に恵まれ、土地は肥沃なので豊かな風土を示している。 また、風土が豊かなので人口が多く、大半が農民で、機械化がされていないので質素な生活をしているのだが・・・・・・先進国の人たちから見ると、機械化がされていないので生産効率が悪いので貧しい生活を強いられているので「貧しい人」となってしまう。 それは、その当時のインドでも、中国でも同じである。 

さて、そのバングラデシュは貧しい国なのであろうか、豊かな国なのであろうか。

地方の広大なデルタ地帯の農村部のほとんどは電気も水道もなく、日本の終戦直後の質素というか、貧しい生活をしている。 それは確かだが、一般の人々は明るく、活力旺盛なので、嫉妬してしまった私であった。 

私は昭和24年の戦後生まれに加えて、田舎育ちなので、日本の敗戦後の様子はわからない。 ただ、バングラデシュのそのような様子を見て、あの当時の日本人は生きるのに精一杯であったろうが、故に活力旺盛で、希望に燃えていたので「楽しかった」 と思えたのであった。  それを示しているのが、戦後のベビーブームであるが、私はその団塊の世代である。

人間以外の動物は我が子が死んだなら、次の子供を産むことに全力を尽くすことになる。 グダグダ言わないのだ、そんな暇がないのだ。
男女とも、セックスで逝きそうになると周りのことなんて気に掛けないどころか、わからなくなるが・・・・・・・男は出すために必死で励むが、女は無我の心境で快感を貪るものである。
それらを思えば、日本やバングラデシュの戦後の人々の多くは「生きるために精一杯になれたので、活力旺盛になった」 ということになって「幸せであった」 とも取れなくはないであろう。 

私はそのように取る方である。

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