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ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
尊師の履歴書15
(バングラデッシュ 2)

首都ダッカからインドへの帰り道でこういうことがあったのだ。

インドからバングラデシュに入国した後に、バスを使って首都ダッカに向かい、そこから、更に東端のコックスバザールまで行き、その後にダッカにもどり、インドのカルカッタにもどることにしたのであった。 
その帰り道に往路と同じ経路を辿るのは芸がないと、ダッカから船を利用してインドの国境から数十キロほど離れているクルナに向かったのだが、夕方に到着。それから安宿を探して、一人で夕食を取るために街に出たのであった。

夕食を済ませた後に、宿に戻るために細くて暗い路地を一人で歩いると・・・・・・現地人相手の公設の娼家で20歳前後であったが、絵に描いたような「ブスに加えて性悪女」 の娼婦に・・・・・・こっちの耳を片手で引っ掴まれ、もう片方の手でシャツを引っ掴まれて、無理やり狭くて汚い部屋の中に引き込まれて、強チンされたのであった。

女にとっては、生き抜くための金欲しさであったが、1ドルという安さ(現地人も同じ)。 バンコクでもインド国内でも、日本人旅行者から「インドの安娼家での娼婦のサービスも、セックスの内容も最悪」 と耳にタコができるほど聞かされていたのであったが、そのとおりであった。

女は全裸にならず、インドの女性の服そうであるブラジャーのような衣類を取らなかった。 因みに、後に知ったのだが、インドの安娼家ではそれが普通。
ブスであったが、それでは、こっちはやる気が起こらないので、取り外すことを求めるとチップを要求してきたので、即、諦めた。 

それが、前技の際でも、性行為中も、性行為後も何らかの形でチップを要求してくる。 それが分ったのは、その最中のことで、その以前は知らなかったのであった。 それはインドでも同じだが、それを知ったのはインドにもどった後のことであった。

二人はベッドに横になるや、女は直ぐに、手で男の萎んでいるペニスを扱いて勃起させようとする・・・・・・・その様にされれば痛いのだが10日間ほど手で出していなかったので、また、女が20歳という若い女に扱いてもらっているので・・・・・・でも、愛撫が余りに酷かったので、半立ちにしかならなかったが、その状態で、なんとか挿入。

性行為中に女は「チップ」の要求を連呼。 こっちは「この野郎!」という気持ちになり・・・・・・また、溜まっていたために「何としても出すぞ!」と意地が働き・・・・・・女の「チップ」の声を、こっちにとっては鞭を入れられているようなもの、声援を送られているようなもので、また、そのように解釈し、リズムを取れたので、最後まで頑張り通せたのであった。

因みに「この野郎!」 の気持ちが働かなかったなら中折れは必須であったろう。 それを思えば、女が、そのように「チップ」の連呼の声を張り上げたから、射精できたようなものである。

最悪の場合と最高の場合は「特別」ということでは同じなので、脳裏に深く刻み込まれるものである。 


インド圏に入って初めて娼婦を買ったのであった。 それまでに、数多くの旅行者から「インドの娼婦は世界で最低」と言われていたが、それを我が身で確認できた形になったのであった。
もう一つは、1970年の大阪万博のインド館を訪れたときに超がつくほどのインド美人に悩殺されてしまい「何としてもインドで娼婦を抱く」 という夢を抱いたのだが、それを叶えることが出来たのであった。

私の旅行とは、自分の頭の中に生じた「欲望」という穴を埋めるため・・・・・・それは、捨て去ってゆく旅でもあった・・・・・・言い換えれば、自分を納得させる為でもあった・・・・・・また、物思いに耽るため・・・・・・それは、思考・妄想・瞑想するためのネタの収穫の旅でもあった。

この年の10月にネパールに入国した時点で、そこに滞在している旅行者の皆と同じく、お釈迦様の国・インドに入って仏道を学んでいたのを感じ取っていたのだが・・・・・・バングラデシュで女とのそのような出来事で、それを再確認した自分であった。
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