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ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
尊師の履歴書20
(アフリカ縦断への道)

エジプトの南側の隣国はスーダンであるが、エジプトの次に向かう国。
南北に最長約2250キロ、東西に約1730キロにわたって広がるアフリカ大陸最大の国。  その広大な国土を南北にナイルが縦貫している。
因みに、2011年7月に、南スーダン共和国が分離独立された。

スーダンに入国するにはビザが必要。  それが、エジプトに入国したときに、また、滞在しているときにスーダンの首都ハルツームでアラブ国だけの国際会議が開かれるということで、ビザの発給が中断されていて、入国が不可能であった。

その為に、エジプトのカイロで足止めを食らったのだが、そのような出来事は海外旅行で初めての経験であった。

それを知った当初では、いつ国境がいつごろ開かれるのかは定かでなかったが、開いてみると期間は40日間ほど・・・・・・カイロにそれだけ留まっている必要があったので、満月の夜中にギゼーのピラミッドに登ったのだが、カイロをスタートしたのは7月になってしまっていた。

スーダンのビザが取れると、列車でナイルに沿って南下・・・・・・それは南北8050キロメートル、東西7560キロメートルもある広大なアフリカ大陸を南下する形で、スーダンを経由してケニアの首都ナイロビに向かうことになったのであった。
その直線距離は約3500キロであるが、旅程は5000キロを軽く超えているであろう。

この時点では、実はスーダンに関して・・・・・・それどころか、カイロからケニアを経由してケープタウンの経路も、アフリカの全土の知識も情報もゼロに等しかった。

バンコクやインドにいる時に日本人のバックパーカーたちから「旅先地で情報を聞けばよい」 と教えられていた。
カイロの旅行者の溜り場であるユースホテルには常時数十人の外国人バックパッカーが泊まっていた。  それがスーダンの国境が閉ざされてしまった事によって、スーダンを経由してきたバックパーカーがゼロであったので、情報を仕入れることが出来なかった。

おまけに、日本でスーダン、それどころか全てのアフリカ諸国に関して全く調べていなかった。  調べたくても、個人での陸路での旅行についてのガイドブックが発行されていなかったので、調べようがなかったのだ。 故に、一般の人と同じく、アフリカにある多くの国の名前も、所在地もほとんど知らなかったのだ。 後者の理由は「私は面倒くさがり屋で、いい加減」 であったからである。

もう一つの難題があった。
その当時より、少し以前の「カイロからナイロビ」までの陸路の一般ルートは「エジプト→スーダン→エチオピア→ケニア」であった。それが、その時では、スーダン・エチオピア間の陸路の国境は閉ざされていた。 それに加えて「スーダンからナイロビに抜ける」ための一般ルート(後にわかったのだが、旅行がイージー) である「スーダン・ウガンダ間」の陸路の国境も閉ざされているのが分っていた。

そのために、広大なスーダンを北から南に縦断してケニアに入国する必要があった。
カイロにいる時点で「そのルートを取る必要」 があったのは、わかっていたが・・・・・・ユースホステルには、そのルートを辿った者も・・・・・・加えて、陸路でナイロビに向かう予定の者が10人ほどいたのだが、そのルートの情報を持っている者はゼロであったので、全く未知のルートであったが、実際に行って見ると・・・・・・。
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