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ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
尊師の履歴書27
(入院生活)

実際の入院の状況は、外国であったが、それもタンザニアはアフリカの社会主義で最貧国なので治療薬が整っていないのと、加えて、私の英語は下手なので、主治医の白人のドクターや若い看護婦に細かい説明が出来なかったので、色々な出来事が生じたのであった。  でも、ドクターも若い看護婦も、親切そのものであった。

実は、自分は「疑心暗鬼」という被害妄想に陥ったのだが、そのトンネルから抜け出るや、眼前に素晴らしい幻覚が表れ、私は生まれ変わった、再生された」 という貴重な「神秘体験」 を味わうことが出来たのであった。


主治医は三十代の白人。
執刀は現地人の黒人の医学生。  また、病院は現地人の治療だけでなく、「現地人の医学生や看護婦を育てる」 という役目を果たしていた。
主治医の白人はタンザニア人でなく「アメリカのキリスト教関係のボランティア団体からこの病院に派遣された」 とのことであった。

私が退院するにあたって、主治医が前述した内容を、また、病名が胃穿孔であることを初めて教えてくださったのであった。  そして「お腹を手術したときの糸を抜糸するために、1週間後に病院に来るように」 と。

因みに、治療費も入院費も食事代も無料であったが、ケニアの公営病院に入院した際でも同じであった。
どちらも英連邦であるが、人の話によると「英連邦の公営病院の多くで、それを取り入れている」 ということであった。  タンザニアのモシの場合での無料であったのは、たぶんであるが、「アメリカのキリスト教関係のボランティア団体からの寄付」 によるものであったろう。

私がドクターに「体が回復したなら、このままアフリカの旅を続けてもよろしいですか?」 と訊ねると・・・・・・ドクターは「療養するために日本に一度帰国しなさい」 と諭してくださったのであった。
退院時では、体調が良かったので「1カ月も療養すれば旅に出られる」 と思っていたのだが、素直にうなずいたのであった。

という訳で、モシの安宿に戻って、回復手術後の療養をすることになったのであった。

そのモシの町はアフリカ最高峰のキリマンジャロの南側の山麓にあり、標高は806メートルなので、赤道近くにあっても、年を通して夏の軽井沢や北海道のように清涼。 日中でも暑さを感じることは無く、夜になってもナイロビ(1700m)の夜のように肌寒さを感じることも無く、空気が乾燥しているので最高に過ごしやすく、言い尽くせないほど気候に恵まれている。
富士山は成層火山なので静岡側からはその全容が見渡せる・・・・・・ キリマンジャロも同じく成層火山で独立峰なのでモシの町(806m)からキリマンジャロ(5895m)の全容の勇姿を眺めらるので景観が実に素晴らしい。

因みに、私が入院していた際の部屋で、ベッドは窓側に据えられていたので、いつも正面にキリマンジャロの勇姿を眺めることが出来たので、幸運であった。

熱帯地域の低地で大河のほとりだと、バンコク・プノンペンのように年中暑く、水に恵まれ、食料も恵まれているが・・・・・・そのために蚊や虫が多く、病原菌の種類も多く、繁殖しやすいので「住み心地が良い」 とは言い難いであろう。 それがわかったのは、モシやナイロビに滞在していたからである。

中南米の熱帯地域で古くからある都市の多くは・・・・・・中米ではメキシコ・シティー(2300m)などは山岳地に・・・・・・南米ではコロンビアの首都ボゴタ(2640m)や、エクアドルの首都キトなどはアンデス山中に位置しているのだが、昔の人はそういうことを熟知していたのだが、そんなの当たり前であろう。

アフリカは人類発祥の地であると言われている。 人の祖先はチンパンジーで、人がそれから枝分かれしたのは700万年ほど前で、その地は「アフリカ大地溝帯」と言われている。 
その地の一部がモシから900キロほど東にあり、その辺りはウガンダ・ルワンダ・ザイール(現コンゴ共和国) の国境が接していて、山岳地になっているのだが、我々、人と兄弟分のチンパンジーやゴリラが生息している。 モシから250キロほど東には「オルドバイ遺跡」・・・・・・「タンザニアの山峡地帯にある世界最古で200万年前から数十万年前までの旧石器文化遺跡」がある。 その両方の地は山地で、モシと同じような気候なので、裸でも過ごせる。

私は1980年代に「人類の発祥の地を巡る」ということで・・・・・・(「オルドバイ遺跡」は訪れなかったが)・・・・・・ウガンダ・ザイール・ルワンダ・タンザニアを訪れてその地域を巡ったのであった・・・・・・ザイールのウガンダ・ルワンダと国境を接している地域・・・・・・ウガンダのザイールと国境が接している地域・・・・・・タンザニアのセレンゲティ国立公園、ンゴロンゴロ自然保護区、キリマンジャロ登頂を果たした。

その地域は人類の発祥の地といわれているが、赤道の近くであり(そのために、年を通して気候が変わらない)、加えて山岳地なので、年をとおして清涼であり、裸で過ごせる。 我々、温帯や寒帯の住民は春夏秋冬があるのだが、「春秋を好み、待ち焦がれる」のは、その所以であろう。 それは、人類の故郷であるアフリカの山地の気候がそれだからであるが、その地が恋しくなるとも言えるであろう。

私は1978年にケニア・タンザニアを訪れたときにそれを感じたが、1980年代にその地を2度訪れたときには、それを痛切に感じた・・・・・・人は衣食住を豊かにするために精をだし、また、勤めなければならない・・・・・・人間以外の動物のように、人がその衣と住に費やすエネルギーや不安から解放されたなら、人はどれだけ気楽であろう、自由であろう・・・・・・お釈迦さんは自由を求めて出家されたのだが、衣は捨てられた衣類を拾い集めて縫い合わせた物をまとい、食は村々で乞食をして食し、住は旅をつづけられていたのだが、洞穴などで雨露をしのがれていたのだ・・・・・・原始の人間に戻るため、失った感覚を取り戻すため、冴えわたらせるため・・・・・・イエスも同じ行動であったが、乞食や衣は別にして、老子も同じであった・・・・・今のアフリカで「裸で暮らしている人」の姿を見ると、中には「釈迦・老子」を彷彿させる人がいるのだが・・・・・・私の目には、彼らはオーラで光り輝いていた・・・・・・そういう人から比べると、文明人と誇っている我々は「動物園で飼われているようなもの」としか思えないのであった。

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