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ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
尊師の履歴書29
(ナイロビに戻る)

女と遊んだ翌日、退院して1週間後、手術して2週間後の早朝に、ドクターの指示通り手術部の抜糸をするために病院に出向いたのであった。

抜糸をしてくださったドクターは主治医の白人でなく黒人であった。 因みにこの病院は医者を養成するための役割も果たしていたので、手術の執刀も黒人であった。
お腹に貼り付けられていた大きなガーゼが取られると生々しいというより、むしろ、なまめかしい手術痕が露わになった。 というのも、長さが15センチほど、幅が4ミリ幅ほどの切り口であったが、信じられないほどに美しいピンク色・・・・・・・それはまるで、(拝ませてもらったことはないが)15歳くらいの処女の開いた花びらのようであったからである。 抜糸されたのだが、15センチの長さに対して、たったの4針縫っただけであったが、8つの小さな穴からは血が1滴も滲んでこないのを見届けて、一安心。
 針で塗った傷跡の間は4センチもある・・・・・・また、治っていた切り口痕は焼き餅がプクーッと大きく膨らんだ表面の部分のように、ひ弱さを感じさせる・・・・・・不安な気持ちで触ってみると大丈夫そうであったので、一安心。

宿に戻って、部屋の外にあるシャワー室で水のシャワーを浴びたのだが、お腹に大きなガーゼが貼られていないので久しぶりに思いきり水浴びをできて、実に爽快であり、大感激!

スッキリしてからベッドに横になる。 そうしていると、居た堪れないほどにナイロビに引き返したくなってきたのであった。 
イクバル・ホテルには10人ほどの日本人が泊まっているはずだが、連中と日本語で語りたいのだ。 それ一心で旅立つ準備を始めたのであった。

退院の時にドクターから「帰国して療養しなさい」 と言い渡されたのであった。 その私はナイロビでそれをする予定でいた。

持ち金がまだ相当に残っていたのだが、イクバルという旅行者の溜り場があり、娼婦がオールナイトで8ドルという安さで遊べるからであった。 対して、帰国して田舎である実家に戻って、おふくろの顔を見ながら療養していてもつまらないではないか。

ケニアからタンザニアにやってきた往路は、タンザニアの都合で、ケニアから隣国のタンザニアへは空路か海路でしか入国できなかった。
復路のタンザニアからケニアへは陸路で行けた。 ナイロビまでの距離は400キロ弱。 午前10時なので今日のうちに着けそうであった。 地図でそれを確認すると、直ぐに荷物の片付けに取り掛かったのであった。

マタティー(十数人乗りの乗り合いバン) に乗り込むと舗装路を時速100キロ前後で疾走。 アルーシャで乗り換えて国境に到着。ケニア側でナイロビに向かう35歳くらいの白人女性の運転する乗用車にヒッチさせてもらったのであった。 

ナイロビまでは170キロであったが、夕方前に無事に到着。
旅行者の溜り場であるイクバル・ホテルに1ヶ月ぶりに戻ったのであった。

すると、ここに泊まっている日本人の皆から、

「青い顔して、えらい疲れた表情をしているやないの。いったいどうしたの?」

健康な体ならこんな距離は楽勝ペース。 日本人の皆からそのように言われて、初めて自分の体がまだ回復していないことを思い知らされ、まだ手術後2週間しか経っていないのだと気づいた。

またもや無茶をやってしまったのだが、馬鹿は治らないというか、「時に快感を得られる」ということ手伝って懲りないのだ。
つまり「気持ち良いことが得られる」という「案」が思い浮かび上がると、それに向かって一直線に突っ走ってしまうのだ。
それが自分の馬鹿さであり、悪さでもあるが、良さでもあり、そういう自分が好きなのだ。 そう顧みると、張り詰めていた気持ちが緩んだのか、どっと疲れが出てきたのである。

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