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ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
尊師の履歴書31
(日々の生活)

イクバル・ホテルには8畳ほどで4人部屋のドミトリーがあったが、1人頭1ドル強。  日本人だけで占領している部屋が2つあったが、両方ともグループで自炊をしていた。

私もその部屋に入っていたのだが、胃病の療養中なので1人で自炊をしていた。
麻雀パイが置いてあったので仲間を集ってプレーしていた。  マリファナが安くて簡単に手に入ったので、好き者には好都合であった。

自炊とは関係ないが、日本人で占領されているため、イクバルの泊まり客である白人に金品を盗まれる危険がなく安全であった。

実は、イタ公・フラ公は要注意人物であったので、これが極めて重要であった。 というのも、アフリカを旅行する者にとっては、旅先での両替で「ドルのキャッシュのみしか両替ができない」・・・・・ナイロビのように「殆どの国に闇ドル」 があるので・・・・・・旅行者の殆が「必須」 という感覚でドルのキャッシュを持っていたのだが・・・・・(ドミトリーは日本人だけ) という安全性によって「オールナイトで女遊びに出かけることが出来た」 からである。

因みに、当時のナイロビでは、夜の一人歩きが出来たので、それなりに安全であった。

そうではあるが、巷では「夜の一人歩きは危険」 と言われていたが、その噂は的を射ていたであろう。  例として、女性の夜中の一人歩きは「強姦して欲しい」 と言っているのに等しいであろう。  ただ、その当時のニューヨークやブラジルのサンパウロ・リオデジャネイロから比べるとナイロビの方が安全であったろう。

ケニアは観光立国で首都ナイロビは基地。 イギリスの旧植民地で、白人やインド人が多く住んでいて、また、観光客は欧米人が多い。  シティ・マーケット内にある外国人用の食料品店では、欧米人用の調味料や食品に加えて・・・・・・日本人用として、日本製の醤油などの調味料やヒジキなどの食料品が手に入った。  ただ、値段は日本の2倍ほどと高価であった。

自炊に使っていたシティ・マーケットで売られている輸出用のステーキ用の肉は柔らかく、1枚が1ドルで買え・・・・・・また、欧米人用に特別栽培された野菜は種類が多くて新鮮であった。  その野菜の種類の豊富さと新鮮さは、当時の日本のスーパーマーケットに勝るとも劣らなかったであろう。  理由は、熱帯にありながら、高地は寒冷、平地は年中暑いので、寒冷地と温帯と熱帯の食材が「外国人用」 として特別に栽培されていたからである。  そのために、自炊でも、現地人相手のインドレストランなどの安食堂でも、安くて美味しい物が食べられた。
付け加えるなら、インド料理に関してなら「歴史のあるタンザニアの首都ダルエスサラーム」の方がずっと美味しかった。  理由を述べる必要もなかろう。

日本人にとって難が一つあった。

首都ナイロビは内陸に位置していたので、新鮮な魚介類を手に入れることが出来なかった。  冷凍のエビは手に入ったが、イクバルでそれを買い求める者はいなかった。  もちろん、ナイロビは観光都市であり国際都市なので高級ホテルや高級レストランも数多くあり、日本レストランも1軒あったが、我々バックパッカーには関係がなかった。
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