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ぼやき大爆発
世捨て旅行者の雑記帳
尊師の履歴書34
(インドでオレも考えた)

ナイロビからの空路はエアー・インディアでパキスタンのカラチ経由ボンベイ(現ムンバイ)であったが、カラチで2日間ストップオーバー。

インド亜大陸の西岸にあるボンベイに3日間ほど滞在してから、東岸にあるカルカッタ(現コルタカ) にダイレクトに列車で向かった・・・・・・それはインド亜大陸を横断(直線で約1700キロ) する形となったのだが、2等の寝台の車中の旅は2泊3日を要した。
当時のインドの列車事情は殆どの区間が電化されていなくて、機関車が客車を牽引する形であったが、途中で何度もジーゼル機関車と蒸気機関車に換える必要があったので、それほど時間を要したのだ。

インドの最も暑い季節は3~5月で酷暑の場合では50度近くまでになるが、約1年前でインドから中近東を経由したナイロビに向かう際は昨年の5月で、その時の首都デリーでは50度近くになっていた。  そのために、望んでいた熱風を首都デリーのコンノートプレスで味わえたのであった。

このナイロビからインドのボンベイを訪れた時期は7月に入っていたので、酷暑の時期ではなかったが、モンスーンによる雨期前の暑い季節で、カルカッタ近辺では湿度が高かった。  そのために、冷房の入っていない車内は蒸し風呂状態、おまけに、開け放たれている車窓からは遠慮なく蒸気機関車の煤煙や列車が巻き上げる埃が流れ込んでくるので・・・・・・「2日目からの体は、汗まみれに加えて、垢まみれで、Tシャツから出ている腕は汗でネトネトの状態」での移動という酷いもの。

カルカッタ駅に暑い盛りの昼に着くと、旅行者の溜り場となっているパラゴン・ホテルにバスで直行。  ドミトリーの部屋を取ると、先ずはトイレとシャワーを浴びてさっぱりしようとなって、先にトイレに入ってしゃがんで糞を垂れていると、密室で湿気が多いので息苦しいほど蒸し暑いために「汗が滝のように噴出してくる」。
人は「トイレという密室に入ると哲学する」と言われるが、私にはその趣味が無かったが、この時には哲学させられたのだが、理由があった。

ナイロビは赤道近くにあっても、内陸で高地のために年を通して冷涼なので気候が最高である。 アフリカは人類の発祥地であるが、我々ホモサピエンス(新人ですべての現代人をふくむ人種)も約10万年前にアフリカで誕生し、世界各地へと広がっていったのであった。その人類の発祥の地、つまり、チンパンジーから約700万年前に人は枝分かれし、住みついた地はナイロビのように赤道近くの高地なので年を通して冷涼な地であったらしい。

私はその住み心地の好いナイロビから飛行機でボンベイに着いた後に、列車で糞暑いカルカッタにやって来たのであった。
そのカルカッタは蒸し暑いのも良いところ。理由は亜熱帯地域にあり、今はモンスーン気候に加えて、海抜ゼロに近い低地で、ガンジス川の巨大なデルタ地帯に位置しているからである。
その地域は世界で最も人口が密集している地域。糞暑い地域に、それほどの人口が集まっているのは、食料が手に入れやすいからで、土地が豊かなのだ。

そこから導かれてくるのは「そこに住んでいるインド人(ベンガル人)だけでなく、殆どの人は食料を手に入れるために、豊かな衣食住の生活をするために、多大な犠牲を払っている」 ということになる。その意味は、いつも不満を抱きつづけているのだ、気が休まることは無いのだ。
そのインドはお釈迦さんを輩出した国であるが、その教義のなかに「諸行無常」に加えて「一切行苦(人生とは苦なり」と説いている。その教えが当たっているか、否かは別にして、殆どの人が「生きていると、苦痛が伴うもの」とは感じているであろうが、私はその一人である。

その「一切苦行」 はお釈迦さまが初めて説いたのではなく、彼が生まれる以前のインド人が説いていた。
その以前でも、その当時のインドでも、その後のインドには「輪廻思想」があり・・・・・・「人生とは苦痛であるので、2度とこの世に、動物として生まれてこないように」と願っていたのである・・・・・・つまり、動物も、その一種である人も死がなく・・・・・・屍になると、そこから「魂?」が抜け出して後に、他の動物に乗り移って生き続ける・・・・・・それが永遠に繰り返されることになる。

そのあたりは、私ごときには定かでないが・・・・・・そのように古のインド人が説いている、愚痴を零しているのは、人生はそれほど苦痛で仕方ないのだが、それから逃れる方法が「解脱」である。

その解脱とは自己自身の全てが消滅してしまうことで、他の動物として生まれ変わらないことである。お釈迦さんは古から伝わっているその教えを単に踏襲されただけである。そのお釈迦さんが「実在の人物」なのか、否かは、私は定かでない。また、「仏教は釈迦の説いた内容」であり「釈迦の霊験」を期待している訳ではないので、また、お釈迦さんの教えを守るならそうあるべきであり、彼の実在の必要もなく、架空の人物でもよいであろう。

でも、というより、もちろん私は「鰯の頭も信心から」で神仏・狐・白ヘビを信仰するなり、霊験を求めることに対して、別に咎めも非難もしない。悩みや迷い事が生じたなら、何かに手を合わせて拝めば気が休まるのが事実・・・・・・また、うれしいことがあったときに、何かに手を合わせれば喜びが倍増することも私は熟知している・・・・・・要は気を休めることが重要・・・・・・ということで、私も「困った時の神頼み」をすることもある。 ただ、私には「特定」の神は存在していないのだが、強いて記せば「宇宙の全て」となるので、偶像もお賽銭も必要がない。 アニミズムそのものであるが、たぶん、多くの日本人もそうであろう。

私は1979年の当時、その「人生とは苦なり」 の教えを「その通り」 と思いはしなかった。
それどころか「人生とは確かに、山あり谷ありで苦しいものだが、それ故におもしろい」 と思っていた。 また、今でも、そのように思っている。
そうではあるが「お釈迦さんの教えは、生理的にも、精神的にも的を射たものが多い」 と思っていた。 その一つに、多くの人が「人生に苦痛を感じている」と思っていた。
でも、殆どの人が「死にたくない」 と願っているので、「それなりに人生を楽しんでいるので、そういう気持ちになるのであろう」 と思っていた。 つまり、私と同じなのだが、それが普通であり、また、当たり前であろう。もっと、もっと、糞暑いトイレの中で多くの事を考えさせられたのだが、記述するのを止めておこう。


カルカッタに着いたなら、インドを1カ月ほど旅しようと思っていたのだが、その気が起こらなかった。

理由を簡単に記せば「前回のインドの5カ月間の旅でインドに慣れてしまったので、刺激が少なくなり『考えさせられる事柄』が少なくなったので、つまらない」 というところか。

本当の理由はアフリカの大地を、それも最も過酷な旅と言われるスーダンを陸路で旅したからであった。  その意味の中に多くの事が含まれているのだが、本物を知ってしまったのだ。

その例として「断食」とは「安全なゲーム」に過ぎず、対して「飢え」という食料が手に入らいので「死を考えさせられる」ので「本物」ということになる。 スポーツや将棋などの多くの娯楽は「戦争ごっこ」というゲーム。 対して「戦争」とは命や生活がかかった敵の金品・女・捕虜・土地・利権・マーケットの奪い合いなのでバクチ的要素が強い経済活動・・・・・・どちらも「生活を豊かにするため」 なので必要がなく、所詮ゲームであるが・・・・・・同じゲームでも戦争は命が掛かっているので、スポーツや将棋などのゲームとの違いや差は・・・・・・剣道と真剣勝負との差くらいなのであろうか。 でも、臆病な私は従軍したことも、真剣勝負をしたことも無く、したいとも思っていないので、その辺りの違いや差はわからないが。

そういう能書きは別にして、文句なしに、アフリカの大地に魅せられたのだ。
故に、それと比べて、インドは「つまらなくなってしまっていた」 ので、カルカッタに1週間ほどで切り上げ、空路でバンコクに向かったのであった。
実際のところは、一重にタイで娼婦とやりまくりたいだけ・・・・・・私は人生をおもしろ、おかしく過ごしたいのだ・・・・・・・誰が「人生を苦痛ばかりで過ごしたいのであろう」・・・・・・ただ、「きつい! 嫌だ!」 と愚痴をなんども零してしまうが。

私は旅行をしたいだけ、女とやりまくりたいだけ。
面倒な、また、無骨な私にとって苦手な恋愛をしなくても・・・・・・外国の娼婦はわずかな金額で、惜しげもなく股を開いてくれる。  それもハイティーンでかわいい女の子から美味しい盛りの二十歳前後、年増まで。その為にはお金が必要だが、日本でも、これから向かおうとしているニューヨークでも、1年間も働けば旅費を稼げるのでバクチをする必要なんてなく、また、働いて稼ぐ方が確実である。

味を知った者は、知る者は言動が現実的でストレートになるのだ。
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